宗教の三要素
引っ越し直後のような雑然とした部屋。あなたが訪れたのを見つけて、併が駆け寄ってきた。

まだ準備ができてなくてね。ちゃっちゃと「宗教」を作っちゃうよ。まず宗教は人生における三つの疑問に答えるためにあるの
- 我々はどこから来たのか
- 我々はどう生きるべきか
- 我々が死んだらどうなるのか

みひろ教は政治のためにあるから、2番以外はそんなに重要じゃない。でも一応創世神話と世界の仕組みについての仮説を作ったから置いとくね。現代では素朴な神話は通用しないから、それなりに小難しく作ってある。どうせ仮説に過ぎないし、難しいようだったら飛ばしてね

それではメインの2番に取りかかりましょう。みひろ、ちょっとこっちに来て

はい、なんですか

このメモに書いてある、教義を読んで

はい。人生の半分を赤の他人のために使うこと

はい。今からみひろは神さまです。みひろ教徒はみひろ教の教義を守ること。その理由は「みひろがそう言ったから」。他に理由は必要ありません。というか、理由を見つけられたら宗教なんか要らないからね

え? なんですか

はい解散。お疲れ様でした

ちょっと、説明してください~

何をポカンとしているの? 何であなたがみひろを信じなくちゃいけないのか、知りたい、だって? でもあなたは何かを信じたいから来たんでしょう? 良いじゃない、それが鰯の頭でも、架空の女の子でも。まあ、その気持ちは分からないでもないか。他の宗教、例えばキリスト教には福音書というものがあって、そこにキリストを信じるべき理由がストーリー形式で書いてある。みひろ教にもそれが欲しいというなら、あげるわ
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10万字をはるかに超えるわよ? あまり出来もよくないし。そんなものを読む暇があるのなら、教義をちゃんと実践してよね。あ、そうだ。一応宣誓をしてもらうかな。心の中でいいから、こう言ってね。「私はみひろがそう言うので、人生の半分を赤の他人のために使います」

言った? 利己心に負けそうなとき、これを唱えてね。じゃあこれで本当に解散。お疲れ様

あれ、まだいるの? なんで十割じゃないんだって? 利己心を完全に排除することなんて、できるわけないじゃない。言っとくけど、家族は「赤の他人」に含まれないからね。五割でも偉人レベル。ましてや十割なんてバカなことを要求する人は自分の罪深さから逃げ、他人を罰しようとする嘘つきなの。そんな人にはならないでね

おまけ。利己心からくる罪悪感に悩んでいる状態は「中途半端」なのではなく、それこそが人間のあるべき姿。それ以上善くなることはあり得ない。もし自分が罪悪感を持たなくなったら、悪い兆候だと考えて

スピリチュアルなんかでよく「自分が良いことをすれば相手も良いことを返してくれる」とか「自分の悪意が表情や仕草などで相手に伝染してしまうからいつも善意でいましょう」とか一見合理的なことを言っているよね。あれは忘れたほうがいい。恩を仇で返す人は実際たくさんいるし、そういう人と付き合ったときに「相手の悪意は自分の悪意が伝わったからだ」と自責の念に駆られて疲れてしまうからね。そしてその不安を利用する悪人さえ、世の中にはいるの……。そうではなく、自分が良いことをするのはみひろが命令したから。相手がどう受け取ろうと関係ない。ノルマは半分だから、後半分は自由に生きても良いでしょ、くらいに考えて、責任はみひろに押しつけちゃおう。まあ、あの子も渡された紙を読んだだけなんだけどね

まだいるの!? 暇人ね……。「幸せ」とは何かって? 利己主義者にもわかりやすい言い方をすれば、利己主義者の「幸せ」は死を思うときに半減し、死によって完全に消滅する。他人のために何かをするということは、死を受け入れるための積立金のようなものよ。そんな積立金を払い続けるよりも、いつか他人のために何かをすること自体に幸せを感じられるといいわね